1. 小田原漁港の歴史

    小田原漁港の歴史

  2. 漁師story

    小田原の漁師Story

  3. オリジナル商品

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  4. 小田原の地魚

    小田原の地魚

  5. 神奈川の地酒

    神奈川の地酒

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    小田原ならではの食べ方

  7. 小田原漁港の魚の水揚げ

    小田原の水産加工品

  8. 小田原の食文化を知る

    小田原漁港・相模湾の恵

  1. 漁港の駅 TOTOCO小田原

    漁港の駅 TOTOCO小田原

  2. さじるし食堂

    さじるし食堂

  3. 地魚回転すし 小田原港

    地魚回転すし 小田原港

  4. こだわりぬいた海鮮丼専門店小田原五鉄

    海鮮丼専門店 五鉄 小田原店

  5. 魚國商店 早川店

    魚國商店 早川店

  6. 魚市場食堂

    魚市場食堂

  7. 小田原早川漁村 外観

    小田原早川漁村

  8. HARU SMOOTHY 湘南スムージー

    HARU SMOOTHY(ハルスムージー)

  9. ひととせの雪 外観

    ひととせの雪

  10. こじまわらべの外観

    こじまわらべ

  11. わらべ菜魚洞

    わらべ菜魚洞

  12. 海鮮ビュッフェほうじょう

    海鮮ビュッフェほうじょう

  1. 250 魚重飯泉店

    250 魚重飯泉店

  2. 207 小印鮮魚店

    207 小印鮮魚店

  3. 205 小田原さかなセンター 中央食品 鮮魚店

    205 小田原さかなセンター 中央食品 鮮魚店

  4. 118 魚鉄

    118 魚鉄

  5. 108 (有)山市魚由商店

    108 (有)山市魚由商店

  6. 105 魚竹

    105 魚竹

  7. 104 魚重商店

    104 魚重商店

  8. 100 (有)魚茂本店

    100 (有)魚茂本店

  9. 99 魚利商店

    99 魚利商店

  10. 84 魚新

    84 魚新

  11. 81 (有)魚由

    81 (有)魚由

  12. 77 魚伊三

    77 魚伊三

辰清丸

辰清丸 原辰宏さん

「神経締め」の魚の魅力は鮮度と身色と活きた食感!

辰清丸 原辰宏さん

漁師の家に生まれ、7社経験したのち漁師へ。「神経締め」の魚のブランド化を果たす。

 

 

鮮魚店でみかける「神経締め」とラベルのついた魚。

たとえば、鯖などの青魚は内陸部では刺身で提供されることは少ないのですが「神経締め」なら別。切り身の色も透明感があって臭みがなく、プリプリとした食感が保たれているのです。

そのおいしさの秘密「神経締め」と呼ばれるワザについて、辰清丸の原辰宏さんに伺ってきました。

 

 

ーまずは「神経締め」とは何か、教えてください!

 

「神経締め」っていうのは、水揚げした直後、生きている魚の中枢神経を壊して、死後硬直を遅らせること。

かける時間は、だいたい10秒以内くらい。いかに早く、時間かけずに締めるかが勝負です。

 

ー「神経締め」をするのはどんな魚ですか?

 

どんな魚でも「神経締め」できるんですよ。ただヒラメとか、やらない魚もあります。

使う道具はこれ。針金みたいなもんですね。使い勝手のいいサイズ選ばないとスピードが出ないんで、魚種によっていろんな太さ、種類があるんです。一番長いのはまぐろ用、ヒラマサ用。150cmのがあればだいたい締めれますね。

 

150cm!長い!こんなに長い道具が必要な魚は力がいるんじゃないですか?

 

その通りです。40kgもんのヒラマサとか一人じゃ抑えらんないですね、マグロが暴れたときにはふっとばされちゃうんで、怪我しちゃったりね、半端じゃないっすよ。

 

 

ーどんな魚でも「神経締め」のやり方って同じなんですか?

 

いや、違いますね。

今このイナダは、脳天で一瞬で締めて、その後血を抜きましたけど、これは日持ちさせるための締め方なんです。

もし、お客さんが料理屋さんで、今日明日店で出したいっていう場合は、このやり方だと身が固すぎてゴリゴリな食感になっちゃう。それを嫌う板さんもいるんで、そういう時は早めに柔らかくなるように血を抜いてから処理します。

でも、スズキとかはその順番でやると身がゆるくなりすぎる。

というように、魚種とか使いたい内容によって順番と工程をいろいろ変えていくんです。

 

ー知識と技が必要なんですね。「神経締め」を始めたきっかけは?できるようになるのにはどのくらい時間がかかったんですか?

 

漁師の家に生まれて、他の業種を経験したあとで地元に戻って漁師やるってなったときに、よそと同じことやっても飯食って行けないなとって思ったんです。それで4年かけて資料集めたり研究したり。

「神経締め」自体はだれでもできるんですよ。実は締めた後の処理をどうするかの方が大事なんです。

それから、さっき魚種とかニーズによって処理の順番や工程を変えるって言いましたけど、つまりはお客さんがほしい魚の状態に合わせられるか。

日曜日休みで、金土で使いきれるように、っていうなら、食感ゆるめに、すぐ食べられるようにして送り出す。

逆に、鮮度保つ状態で受け取って、あえて一日二日寝かせた食感で出したい、っていうこともあります。熟成したいとか。

店でおいしく出すためのコントロールはプロの板前さんの判断ですが、それができる魚を届けるのはこっちの仕事。

そういう要望にひとつひとつ答えていって、ウチの魚がほしいって買ってくれるお客さんができました。けど、そうなるまでには相当の時間がかかってます。

 

 

ーでは改めて「神経締め」のメリットを教えてください。

 

まずは鮮度維持ですね。獲って氷に入れておくだけの「野締め」と比べたら日持ちが全然違います。

さっき締めた鯖は酢締めじゃなくて刺身用。鯖は神経締めすると一日目は生で食べられて、次の日でようやく酢締めにできる柔らかさになるんです。血抜きもしっかりやることで、腐敗が遅くなって日持ちがするようになるんです。もちろん、臭みが減っておいしくもなります。ぶりで一週間、ひらまさだと二週間くらいもっちゃいます。

そして、身色。しっかり血抜きをすると身色に透明感が出るんです。

さらに食感。都内とか内陸では獲れてすぐの魚はなかなか食べられない、でも、神経締めした魚なら、海から離れたところにも生きた食感のおいしいさを届けられるんです。

一尾一尾、要望に合わせてやっていくんで、量はできないんですよね。

でも、こだわりのある料理屋さんはやっていることを理解してくれて、信用して買ってくれてますね。

 

 

原さんは5mmの厚みのマット(普通に使うものより高いのだそう)に両手で持った魚をそっと置き、上から乾燥防止のシートをかけて蓋をします。

遠くに遠くに運ぶときには、マットは2枚使うのだとか。

高い技術で処理した、鮮度の高い魚を食べられる「神経締め」。

海から遠い場所に住んでいる方にこそ、ぜひ味わっていただきたいなと思います!

和田丸

和田丸 和田博行さん

「スピード」が小田原のシラスのおいしさを支える!

 

和田丸の船長、和田博行さん

漁業・農業を営む家に生まれ、32歳から漁師に。

主に、しらす漁・伊勢海老漁・ヒラメ漁

 

 

生しらすといえば相模湾ならではの人気の魚ですが、一年中食べられるわけではないということをご存知ですか?

生しらすの漁にはシーズンがあり、1月から3月は禁漁期。その期間は食べることができません。

では、生しらすの旬の時期は?というと、春、夏、秋にそれぞれに旬があるとのこと。7月は夏の旬!ということで、すでに30度を超えた7月の朝6時。シラス漁から小田原漁港に戻った和田丸の船長、和田博行さんにお話を伺いました。

実は和田さんは、小田原漁港で唯一のしらす漁師さんなのです。

今日は豊漁だったという和田さん!

 

― 今日は何時から漁に出ていらしたんですか?

 

4時半に出発して酒匂川の方に行って来ました。船で10分。漁場まで近いんですよ。

船には3人で乗って行って、シラスの漁場に着いて、網を入れて、シラスを獲って網を船に引き上げるまで30分。

網引き上げたらすごいスピードで帰ってくる。

 

―全速力で戻ってすぐ、セリにかけるわけですね。

そう、港に戻ってからもなるべく短時間で。

船からしらすを下ろしてセリにかけるのに、早い時は5分くらいしかかからない。これまでの記録は、漁場で網を上げて、もどってセリにかけるまで20分が最短ですね。

セリ:魚市場で、水揚げした魚を並べて、値段を決める方法。小田原漁港では1番売場〜4番売場のうち、2番売場がその日に水揚げされた魚介類を売る場所となっている。売る順番は早く水揚げした順。

 

―ええっ!網上げて20分でもうセリへ!すごいスピードですね!

 

獲った帰りは港まで爆走だね(笑)

生シラスはとにかく鮮度が命だから、それはもう時間が短ければ短いほどいいんですよ。

 

 

―そのスピードが小田原の生しらすの魅力なんですね。

 

そうです。生しらすは何はともあれ鮮度が重要。

小田原は漁場が近い。だから短時間で行って獲ってこられる。

さらに早く市場にもどってセリにかけてもらって、早く魚屋さんに持って行ってもらえる。

早さがつくる鮮度の良さ、これが小田原の生シラスのおいしさの特徴ですね。

 

 

―ここにシラスがいる、ってどうやったらわかるんですか?

 

この辺りに行くといるな、とこれまでの経験から予想して漁場に出て、現場に行ったら、ソナーっていう機械と魚探を見て、魚の群れを探すんです。

 

ソナー:船の周囲の魚群の分布を探知して表示する高性能な機器

魚探(魚群探査機):船の真下の魚群の状況を探査する機器

 

 

―和田さんは漁師さんになってどのくらい経つのですか?

 

漁師は32歳からはじめて、いまで18年目。もともと家が漁師と農家で、保育園行ってた頃から親父に船に乗せられてたから、自然な成り行きでいずれは漁師にと思っていましたね。最初は親父と一緒にやって、船のことから漁のことから教わって。

でも親父はシラス漁はやってなかったんですよ。

 

―えっ!では、どうやってシラス漁を?

 

最初はしらすの仲間の人に船に乗っけてもらって技術的なことを教わったんです。あとは経験ですね。

普通しらすは遠浅のところで撮るんですよね。江ノ島とか、茅ヶ崎も平塚も遠浅。

小田原はどん深(どんぶか)なんですよ。すぐがくんと深くなるから、しらす漁は難しいんですよ。

かなり四苦八苦して、4年かかってやっと獲れるようになりました。

毎日漁場に行かないとどのくらい獲れるかはわからない。今日は運良くたくさん獲れましたね。

 

―おつかれさまでした!では最後に、新鮮な生シラス、いちばんおすすめの食べ方を教えてください。

 

それはもう、醤油と薬味、生姜が一番です。

旬のシラスは、シンプルがいいですよ!

 

 

 

3時半に起きて、漁に出て、遅くとも9時には戻り、そのあと田んぼや畑に出る日もある、という和田さん。

朝が早いから、何にもなければ7時半くらいには寝て、翌日に備えるのだそうです。

 

和田さんが海から運ぶ、旬の新鮮な小田原のシラス。ぜひ味わってみてください。

定置漁 漁労長

米神の定置漁 漁労長 石垣誠さん

おいしい魚の宝庫、江戸から続く豊かな漁場が誇り

 

 

小田原市漁業協同組合

石垣誠 漁労長

23歳から漁師となる。33歳漁労長に就任。

 

 

 

漁労長とは定置網漁を率いるリーダー。一日の漁と翌日の準備を終え、小田原漁港に帰って来た石垣漁労長にお話を伺いました。

 

ー 今朝は何時頃出発なさったのですか?

1:30に集合して出発しました。毎日、同じ時間です。

小田原漁協の定置網が仕掛けてある米神(こめかみ)漁場は、小田原から少し西、根府川の沖合にあって、小田原漁港からは5kmほど。船で15分くらいの場所にあります。

 

ー 定置網漁とは、どんな漁ですか。何人くらいで沖に行くのですか?

 

沖に行くのは20人、年齢層は、下は18歳から上は60代まで、ベテランから新人までいます。

定置網漁、というのは、魚の通り道に網を仕掛けて網をたぐり、奥の網に追い込んで獲る漁法です。

2艘の船で挟み込むようにして、一番奥の網に追い込んだ魚を船に引き上げて、殺菌冷海水が入った船底にどんどん入れていきます。豊漁の時は魚が1艘で入りきらずに、両方の船に満載して港に戻る時もありますよ。

港に戻るのは、出発してから3時間後くらい。4時から4時半くらいですね。

 

ー 港に戻ってからセリまで、とにかく”早い”と伺ったのですが。

よく映像などでみる漁港の様子として、魚が入った網を船からクレーンで引き上げて、選別台にザバーっと下ろして手で魚を選別して、というのがあると思うんですが、小田原漁協では船が戻って来たら、ポンプで船底から魚を一気に引き上げるんです。

引き上げたら次は、選別機にかけます。あの大きな装置に上から魚を入れると自動的に、大きさ毎に選別されます。

大漁の時でも短時間で仕分けられるから、それだけ早くセリにかけられる。鮮度を保てる。これがうちの強みです。

もちろん、漁師にとって労力が少なくて済むのも大きなメリットです。

 

ー なるほど、”早い”のはいいことづくめなんですね。

では、改めて、小田原の魚の魅力はどんなところでしょうか。

 

それはずばり、「おいしい」ってことです。

海流の早いところにいる魚は、早い水流の中で走っているから筋肉質、というか、痩せているんですね。それが湾内だと、水流が比較的緩やかなので、黒潮に乗って入って来た魚が、湾内にいる間に食物連鎖をして、しっかり太っておいしくなっていく。

小田原の魚はそういう恵まれた漁場の魚なんですよ。

 

もう一つの魅力は、小田原漁港の地の利。築地や横浜といった中央卸売市場に比較的近いので、いち早く届けることができます。加えて、圏央道ができたことも大きいですね。今までだったら魚が来なかった地域にも、市場に直接トラックをつければ数時間で新鮮な魚を持っていける。昼にはスーパーの鮮魚コーナーに朝どれの魚を並べることができるんです。

新鮮に届けるインフラとの合わせ技が、そもそもおいしい小田原の魚の魅力を支えています。

ー 海の幸に恵まれた相模湾の漁師の仕事、やりがいを感じるのはどのような時ですか?

 

どんな漁師でも同じだと思いますけど、やっぱりたくさん獲れた時には手応えを感じますよね。

小田原の魚、といえば多くの方が鯵をあげると思いますが、鯵のハイシーズンは3月から6月中旬。その中盤4月5月の一番獲れる時期に水揚げがいい日が続くと、やった!と思いますね。ボーナスなんかにも跳ね返って来ますし。

僕を含め、小田原漁港には、家業が漁師って言う人はいないんです。みんな漁師を目指して漁協に入社して、月給で働いています。

 

僕は今40代ですが、20代で入った当初は先輩方に一から教わって仕事を覚えました。そのうち、後輩ができると今度は自分たちが教えて、役割を引き継ぎ、世代交代しながら働く。やりがいのある職場です。

 

 

 

ー 石垣さんは、漁師になって22年とのことですが、たとえば、今日は何が獲れそう、というようなことは経験を積むとわかるようになるものですか?

 

定置網には、そこの水温域を好む魚が集まってくるんです。

海全体の潮の流れやその日の天気の様子で、今日は何が来そうかということはある程度は予想できるようになります。

でも実際のところは海に出てみないとわからない。

去年もおととしもこの時期にいた魚が今年はこないな、と思ったら一ヶ月遅れでやって来たり、突然予想もしなかった魚がやって来たり、そんなことの繰り返しです。海は動いていますから。だから、何年やっても飽きないんだと思います。

 

小田原は県内でも屈指の、江戸末期から続く伝統的な漁場なんです。

海はその時々で変わりながら、江戸時代の人も獲って、我々も獲り続けている、その長い伝統を引き継いで、いまの自分たちがあります。

それが、小田原の漁師の誇りですね。

 

 

どこにも負けないおいしい小田原の地魚を多くの人に味わってほしい。

漁師は生涯の仕事、とおっしゃる石垣さんでした。

藤八丸

藤八丸 鈴木大助さん

ヒラメ漁、漁師の仕事はほんとうに面白い〜藤八丸 鈴木大助さん〜

藤八丸 鈴木大助さん

18歳から家業の刺し網漁を継いで20年。現在は刺し網のほか遊漁船も操業する。

 

 

 

 

 

 

ー港には、毎日何時くらいにいらっしゃるんですか?

 

4時くらいには毎日きますね。まず魚を出荷して、それから漁に出ます。

 

ーえっ、漁に出る前に出荷があるんですか?!

 

そうです。意外ですか?

僕がやってる刺し網漁は、獲ってきて生かしておく魚をメインに扱うんです。

前の日に獲った魚は、船の中か、海に浮かべた生簀(いけす)で生かしておきます。その魚を朝、市場のセリの時間に合わせて出荷して。出荷が終わったら5時半くらいから沖に出ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

ー小田原の漁場は港から近い、と伺ったのですが、大助さんの網もそうでしょうか。

 

はい、近いですよ。一番近い網だと港から船で5分くらい、一番遠い網が30分くらいかな。刺し網は横に広く仕掛けます。今10箇所くらい入っているんですが、一個揚げたらまたすぐ仕掛け直して、次の網を揚げて、仕掛け直して。港に帰ってくるのが11時から12時前後、その間は休憩はナシで、飲むのは水だけですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーどんな魚を獲っているのですか?

 

うちはヒラメです。

刺し網漁って定置網みたいに、いろんな魚種を狙う漁じゃないんです。刺し網には「目合い」っていう網目の大きさの種類があって、魚にあった目合いを使うので、狙う魚が決まっているんですよね。

12月から5月までがヒラメ網。ピークは1月2月。3月くらいまでは旬ですね。「寒ビラメ」って呼ばれる、大きくて身が厚い、美味いのがたくさん獲れます。その後、8月9月は伊勢海老ですね。春海老っていって、5月前後も一回やりますが、メインは8月ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕自身は5月以降は、刺し網漁から遊漁船(釣り船)にシフトして、釣りのお客さんを案内しています。

 

ー遊漁船もなさっているんですね。

大助さんは子どもの頃から漁師になろうと思っていらしたんですか?

 

いや、実はそうでもなかったんです。我が家は代々漁師で、僕で6代目かな。家業なので中学校の時からアルバイトで漁を手伝っていたんですが、高校の時は漁からすっかり離れちゃって。

高校を卒業したタイミングで親父に声をかけられて、それがきっかけですね、仕事として船に乗ったのは。

始めの何年かは親戚のおじさんと父と3人で船に乗っていたんですけど、ある程度仕事を覚えた頃に、お前一人でやってみろ、ってことで、自分一人の船に乗って、8箇所の網をひとりで担当してました。全体の1/3くらいですかね。

 

ーお一人で大変じゃなかったですか?

 

大変っていうより、漁師という仕事の面白さに気づいたのは、一人でやり始めてからでしたね。
たくさん獲れる方法とか、仕掛ける場所もこっちの方がいいかなとか、工夫したり。自分でやればやるだけ、考えれば考えるだけ結果に跳ね返ってくる。

だって、言われてやるんじゃつまらないじゃないですか。
どんな仕事でも同じじゃないかと僕は思います。今はほんと、漁師の仕事が面白いですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

遊漁船の方もいろいろ研究して、釣り好きのお客さんに楽しんでもらえるように工夫してます。

釣りの方は、夏のキハダマグロがおすすめです。三浦半島沖や初島沖まで船を走らせます。10月から12月のアオリイカなんかも楽しいんですよ。だからそれが伝わるように、ウェブサイトもわかりやすく、ワクワクする感じに最近リニューアルしました。

遊漁船って一回気に入ってくれるとリピーターになってくださる方が多いんです。だから一人ひとり、一回一回を大切に。やりがいがあります。

魚好きの方に遊びに来ていただく場所としても、小田原は魅力的な場所だと思いますよ。

 

ーところで、大助さんはどんな風にして小田原の魚を食べるのが好きですか?

 

ヒラメで一番好きなのは、オリーブオイルと塩で食べるカルパッチョ。あとはアクアパッツァ、洋風の煮込みですね。ヒラメ以外でも自分で獲った魚をいろいろ試してみてますが、どれもそれぞれ美味しい。それから伊勢海老の味噌汁も好きです。大漁の時は伊勢海老も多少安く出回ると思うんで、魚屋さんに並んでたらぜひ試してみてください。

さっき、前日獲った魚を翌日に出荷する、っていう話をしましたけど、魚って獲った当日が美味しいとは限らないんです。一番うまい状態で魚屋に並ぶ。小田原の魚屋には「獲れたて」とかって書いてないですけど、どれだって獲れたてで新鮮ですから。

いや、実は僕、醤油で食べる刺身が苦手なんです。酒も全く飲めない。漁師の風上にも置けない漁師なんです(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

ー最後に小田原の漁の魅力を教えてください。

一言で言うと、小田原の海はすごい海です。この地域は箱根山に守られて強い風が吹かない、魚種も豊富でたくさんいる。
毎日海に出てますから、もう海に出ないと落ち着かないんです。海の上はリラックスしますね。小田原には80歳以上の現役漁師さんもいらっしゃるんですよ。それだけ魅力のある仕事ということじゃないですかね。

僕もずっと続けていきたいと思います。息子もね、本人次第ですけど、漁師の仕事、継いで欲しいなと思ってます。

魚國商店

魚國商店 店長 矢嶋寛さん

魚扱いに愛がある小田原。おいしい魚を多くの人に。 〜魚國商店 店長 矢嶋寛さん〜

魚國商店 店長 矢嶋寛さん

30歳で入社し、現在買い付けと売り場を取り仕切る。

 

 

 

 

 

ーFacebookやTwitterの魚國さんの情報、いつも楽しみにしているんです。

ありがとうございます。FacebookとTwitterはいま僕が書いてるんですよ。今日の市場の水揚げ情報と、今日の活魚のおすすめを毎日更新しているんですが、フォロワーも増えてきて、いろんなレスポンスがあります。深海の魚とかサメとかめずらしい魚を買い付けたら、それも載せるようにしています。サメなんかだと反応がすごく早くて。Twitter見て千葉あたりから買いにいらっしゃるお客さんもいます。問い合わせ自体はエジプトとかからもきますよ、英語じゃなくて読めなかったんですけど(笑)そういう反応ってSNSならでは。すごく面白いなあって思ってます。

もちろん、変わった魚以外でも、SNS見て買いに来たよ、って方は結構いらっしゃいますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーところで、矢嶋さんが被っていらっしゃるその帽子は?

これは小田原漁港の「買受人」の帽子です。セリに参加できる人はこの赤帽。黄色は「親方帽」で、小田原では値決めをする人たち。うちでは社長が被ってます。

僕は魚國の社長の親戚なんで、中高生の時から年末はずっと手伝いをしてたんですが、卒業後、仕事は別のことをしていました。結婚を機に30才の時に小田原に戻ってきて、魚國に入れてもらって、ですから魚屋になって今年で10年になりますね。今は買い付けと売り場全般のことを任せてもらっています。

 

ー魚屋さんの1日も朝が早いのですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早いですよ。朝のセリが5時半ですから、5時前には市場に入るようにしています。買い付けが終わって7時半から8時くらいが唯一ちょっと休める時間。そのあと店に戻って、夜7時に閉店して7時半に片付け終わるまで1日フルで働きます。子供が小学生と年長さんなんで、帰ったら子供との時間を取って、休みは日曜日。そんな毎日です。

小田原って、多くの方がおっしゃってると思うんですが、魚種がすごく豊富なんです。それに漁港から網が近いんですよね。獲れてから市場までの距離がよその市場よりうんと近い。だからこそ、漁師さんたちは鮮度に対してすごくこだわってます。処理の技術も高い。この魚はこうやって締めて冷やさないでおけば夜まで身が生きているんだ、とかね。

おいしい魚を良い状態で、価値をわかって食べてもらいたいっていう思い。魚扱いに、愛があるんですよね。

僕ら魚屋はそのことをよくわかってますから。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーおいしく魚を食べてもらえるように、と考えていらっしゃるのですね。

 

大事な魚を扱うわけですから、店でもそのおいしさをちゃんと伝えたい。魚離れと言われている時代ですが、魚ファンになって、たくさん食べて欲しいですね。

うちでは魚は姿のまま売っているものも、焼くのか煮るのか聞いて、全部下ごしらえします。刺身の盛り合わせなんかも予算言ってもらえれば注文に合わせてつくりますし。理想は、なにも考えないで来てもおいしいものが手に入る、そんな店です。魚よろず相談引き受けます、って感じですね。それでもスーパーさんに比べたらまだまだ買いづらいのかもわかんないですけど。

あと3年くらい前からかな、昼過ぎから仕込みして揚げ物も揚げて店の角に並べてます。全部、生の素材しか使ってないからうまいですよ。

 

ーお客さんには観光の方も多いですか?

 

多いですよ。外国の人、特にヨーロッパのお客さんはこういう魚が並んでいるところってすごく好きみたいで、写真撮ったり大興奮ですね。買って帰れないんですけど、僕も近所のレストランシェフに言葉を習ってちょっと会話したり、旅先で楽しいじゃないですかそういうの。

日本の観光客の方なら、手ぶらで来ても保冷の箱とか全部用意してあるんで、活きたままの魚も持ち帰ってもらえますよ。ぜひ声かけて欲しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ー矢嶋さんの、魚や仕事に対してチャレンジする姿勢を見て、いろんな人が協力してくださるのではないでしょうか。

 

それはほんとにそう思います。チャレンジを後押ししてくれて市場にはとても感謝してますし、うちのスタッフもみんな同じ意識で仕事をして、提案について来てくれるから続けていけるんだと思ってます。魚の料理の提案に力を入れていこうってなったら料理が上手い子が家で作って、カフェのメニューみたいな写真を撮ってくれたり。店の入り口の黒板も、今はスタッフが書いてくれてます。

それから、まだ少数ではありますが、同業者や異業種に、同じ志や世界観で仕事をする同世代の仲間ができたのはすごく心強いですね。

 

ーこれから必要なことはどんなことだと思いますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

いろいろありますけど、食育には力を入れていきたいと思ってます。最近、地元の小学校で見学に来てくれて、魚をおいしく食べるために魚屋でやっていること、なんていう話をさせてもらったんですが、今度は僕らが学校に行かせてもらえないか、と話しているところです。小田原の小学生には魚に詳しい子いっぱいるんです。釣りが好きな子とかめちゃくちゃ詳しいので、僕らが教わることもいっぱいあります。そういうのは全部吸収します(笑)。

魚の食べ方も、お客さんにたくさん教わりました。今度はそれをお客さんに提案したい、とか、やるべきことはまだ山のようにある、って思ってます。

 

海って、明日何が獲れるかってわからないんです。昨日獲れた魚が今日はいない。明日は違うものがすごくたくさんあがるかもしれない。今日と明日が違う中でいろいろ予測したり、工夫したり。魚屋の面白さにはそんな一面もありますね。

きつい仕事ではありますが、やりがいのある仕事だと思ってます。